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2010.12.05 書評:藤川桂介著「幻視行 月の都、京都」


2010年12月05日(日) 神戸新聞

藤川桂介著「幻視行 月の都、京都」の新聞書評

古都の魅力に迫る

新感覚の探訪書

京都に潜む謎めいた魅力。その歴史に揉み込まれた数々の闇を照らすのは、白王であった。
「京都は月の都」と語り、古代の都へと私たちを誘うのは、ウルトラマンや宇宙戦艦ヤマトなどで特撮変身物やSFロマンという新領域を切り開いた脚本家で作家の藤川桂介の新刊である。
歴史ある町を訪ねていると、かつての日本を体感できる喜びに加え予期せぬ不思議に出合うことがある。この本は、一つの不思議から史実と史実の空白を埋め、仮想現実という手法で古都に眠る謎を目覚ませ、その背後に潜む驚愕の真実へと迫っていく新たなスタイルの歴史探訪書である。
探訪は、旅人である著者が桂川沿いの松尾大社の聖地に登拝し、その磐座(いわくら)に現れた秦河勝(はたのかわかつ)という語り部から月読神社に行くように勧められたところからはじまる。そこで、『古事記』に語られていないもう一つの「月読命(つきよみのみこと)」の存在を知る。京都に秘められた謎めいた魅力を追及し、思いもよらないもう一つの日本史を巡る旅となる。
旅人は語り部に導かれながらもさまざまな文献を調べ、実際に訪れる古社寺は平安京から長岡京を経て奈良の飛鳥や斑鳩、さらには瀬戸内海の播磨国赤穂の坂越(さこし)にも辿り着く。坂越では大避(おおさけ)神社前に浮かぶ生島が河勝の聖地と知り、平安京遷都のキーパーソン和気清麻呂との関わりにも迫る。
古代神話の神々や渡来系氏族の動向など、朝廷を巻き込む攻防も含め平安京建都の経緯がダイナミックに伝わる構成であるが、この旅は私たちの思い込みと見落としを次々と突いてくる。誰もが訪れる古刹が異国の八幡神を祀る事実と謎を紐解き、日輪と月で都大路を彩る葵祭と祇園祭を見定め、太秦で静かに佇む三柱鳥居に渡来系氏族と神々との物言わぬ歴史を証明する。
見過ごしがちな所に記された月輪が悠久の歴史の空白を次々と埋めていき、やがて、天の白王(=月)の在り処を確かめる。すなわち、都が天皇の住む「月宮殿」であることを知る。この旅では、歩むほどに見えざる平安京の姿が眼前に迫ってくるのである。
「フィクションでもノンフィクションでもないミディアムレアの特別料理」と著者が語るこの本を携えれば、あなたも藤川流古都遍歴の仲間入り。現地に赴き真相を突きとめていく臨場感は歴史探訪の醍醐味であるが、いつしか語り部も交えた旅仲間感覚に陥っている優しい旅物語でもある。
京都と日本の知られざる歴史を辿るだけでなく、旅する楽しさを発見できるガイドとなっている。

(大森正夫 京都嵯峨芸術大学教授、神戸ビエンナーレ・ディレクター)